提供: ソフトウェア・マネジメント研究会
作成・編集: 大場 充、奈良隆正、樽井陸泰
更新: 2022年7月23日
旧第一勧業銀行、旧富士銀行、そして旧日本興業銀行の3巨大銀行は、2002年4月、経営統合され、新しく「みずほ銀行」と言う名称で、メガバンクの一つとして発足した。同行が設立され、業務を開始した4月1日の朝、新しいメガバンクのオンライン・システムが稼働し始めた。その直後、みずほ銀行の数多くの支店などに設置されたATMで、預金の引き出しや、入金処理などの処理ができなくなった。これが世に言う、「みずほ銀行のオンライン・システム障害」である。
これは、もともと統合前に各行が開発し、運用してきていた3つの別々なオンライン・システムを1つのシステムとして統合し、「同じ銀行のオンライン・システム」として、もともと別の銀行であった3つの銀行の全てのATMから、全ての口座の取引ができるようにするためのシステム統合を目的としたものであった。新みずほ銀行への業務移行を控えて、旧3行のシステム開発・運用担当部門の責任者達は、統合システムをどのようなものにするかの検討を続けた。その結果、将来の莫大な投資を必要とする新システムへの移行を控えたため、経営統合に必要なシステム統合においては、そのシステム統合のための投資を最小化すべきであるとの結論に到達した。
旧行のシステム開発を実際に担当したのは、ITベンダーの、富士通、日本BM、そして日立製作所などの巨大コンピュータ・メーカであった。それぞれのメーカが、それぞれの大型コンピュータを導入し、それぞれの技術を利用したネットワークを構築し、それぞれの基本ソフトウェアの上に、巨大な規模のアプリケーションを構築していた。これら、全く性質の異なる3つのシステムを統合するためには、一般論としては、全く新しいオンライン・システムをゼロから構築する方法以外には考えられない。しかし、そのような新システムの開発には、莫大な投資が必要になり、経営統合によって経営を効率化し、少ない投資でより大きな利益を得ようとする統合の方針に反する。
このような事情から、3行の技術責任者達は、次善の策として、3つの銀行のシステムをそのまま稼働させ、その3つのシステムを連携させるために、それぞれの銀行に、他行から転送されてきた処理要求を自行の口座に対する処理要求に変換するための「媒介サブシステム」を付加して対応する案を、システム統合戦略として採用しようとしたのである。この決定に対して、実際の開発を担当するメーカの技術者達の中からは、「それは危険にすぎないか」との意見も提起されていた。旧3行を統合する経営会議では、統合した銀行のCIOを第一勧業銀行の頭取とすることが決定され、システム移行のプロジェクトは開始された。しかし、一部メーカ技術者達の予想通り、4月1日の統合セレモニーの直後から、みずほ銀行は、新システムの障害に悩まされ続けた。
米国の技術者達は、よく、「馬鹿正直に仕事をしろ」とか、「最初から正しいと思うことをやれ」と言う。みずほ銀行のシステム担当者達とシステムの運用責任を担っているCIOは、この原則を破って、問題に対処しようと、表面的な対応をし続け、経営統合からほぼ20年が経過する今日まで、問題の本質的解決を後回しにして来ている。1990年頃には、「世界一の信頼性を持った民間のコンピュータ・システム」と称賛されていた日本の銀行オンライン・システムは、単なる幻想に過ぎなかったのだろうか。ここでは、ソフトウェアの専門家として、本研究会の有志が、その問題の根源を分析し、これからの日本社会への警告をまとめる。
この記事の構成は、以下の通りである。
第1章 序: 2021年のみずほ銀行オンライン・システム障害
調査委員会の報告
(2021年10月25日掲載、2022年1月26日更新)
第2章 問題の背景: 歴史的な観点から
都市銀行合併と銀行オンライン・システムの統合
(2021年10月28日掲載、2022年1月24日更新)
第3章 社会的背景: 人材育成の視点から
IT系人材の育成制度と雇用制度
(2021年11月3日掲載、2022年1月24日更新)
第4章 組織的背景: 日本的組織の弱点
日本型経営からの脱却
(2021年11月18日掲載、2022年1月23日更新)
第5章 結び: デジタル社会への対応
新しい社会の銀行と人材育成
(2021年11月25日掲載、2022年1月25日更新)
第6章 提言: 実務家の視点から
何を変えるべきか
(2022年7月22日掲載、2022年7月23日更新)