生きる力 〜 我々は物事をどう思い、どう振舞えばよいか

公開: 2020年6月18日

更新: 2020年7月6日

あらまし

これまで説明して来た、弁証法、イデア論、そして中庸に基づくやり方などは、1つ1つの問題を解くやり方としては、とても参考になる方法です。しかし、問題が複雑になると、これらの方法だけでは、問題を解くことはできません。難しい問題を解くためには、個々の問題を解くよりも、問題を解くために、複雑な問題を、より簡単で解き易いいくつかの問題の組合せに分けるやり方が大切になります。

古代ローマ帝国の人々は、自分たちが征服した地域の人々を、できるだけ少ない数の兵隊で治めるために、征服した地域の中でも異なる場所に住んでいる人々を、別々にして治めるようにして、異なる地域の人々が互いに手をつないで、ローマ軍に反抗することがないようにしました。一つ一つの小さな地域に住む人々だけを治めることは難しくありませんが、その人々が互いに手を結んで、一緒になってローマ軍に反抗した場合、その反乱を鎮(しず)めることは難しくなるからです。そのために、ローマの政治家たちは、別々の地域の人々に異なる条件で自治を与え、互いに反目するように仕向けました。

この古代ローマの占領地の統治のやり方を、「分けて、別々に統治する」と言う意味で、「分割統治(ぶんかつとうち)」と呼びました。この方法は、統治する自分たちよりも、数の多い人々をうまく統治することができるので、その後の世界では、カトリック教会がヨーロッパ諸国の人々を、1,000年以上もの長い間、少ない神父だけで上手に治め、導く方法として使われるようになり、今日に至っています。

20世紀に入ると、コンピュータが発明され、人間がそれまでには考えられなかったほど高速に計算をすることができるようになりました。このことによって、同じ問題を解くのに、短い時間で計算が終われば、もっと難しい問題が解けるようになります。ですから、なるべく速く計算することが重要になってきました。そこで、計算の速さを調べる方法が研究されるようになりました。その結果として分割統治のやり方は、計算を速く終わらせるためのやり方として、とても重要なことが分かってきたのです。今日では、様々な分野で、問題を解くためのやり方として、分割統治の方法が使われるようになっています。

難しい問題を解くために: 分けて考える

数学では、「難しい定理の証明」(問題)を「間違えずに行う」(解く)やり方を使っています。簡単な問題であれば、ゼノンが唱えた弁証法などの「答えを見出す」やり方を使って、その問題を解くことができます。しかし、問題が複雑になり、問題を解くことが難しくなった場合、弁証法などのやり方を知っているだけでは、問題を解くことはできません。問題を解くためには、弁証法などの個別の「答えを見出す」やり方のほかに、難しい問題を「バラバラに」して、いくつかの解き易い問題に分解し、その一つ一つを解いてから、それらの答えを組み合わせて、全体の問題を解くようにするための仕組みが必要になります。

古代ギリシャの時代が終わろうとしていた時、イタリア半島の真ん中にあるローマに新しい都市国家が生まれました。その小さな都市国家は、少しずつ、周囲の小さな都市を攻め、それらの都市を占領し、占領した都市の住民を、ローマの市民として取り込み、大きな都市国家へと、どんどん成長してゆきました。そして、最後には、イタリア半島の全ての地域をそのローマ帝国の領土に組み入れました。そのローマ帝国を作る途中で、ローマはイタリア半島に数多くあった都市を攻め、ローマ帝国に組み入れてゆく仕組みを見つけ出しました。この時、ローマ帝国は、ローマに屈服した各都市国家を、3つの種類に分けて、それぞれの国の市民にどのような市民権を与え、各都市にどの程度の自治権を与え、どこまで「独立した都市国家として」、他の地域の人々と自由に交流できるかを定めました。

人口がそれほどではなかった都市のローマが、自分たちの人口をはるかに超えるイタリア半島全域を支配するためには、征服された側の都市の市民同士が、手を取り合って、征服者であるローマ人に対する反乱を起こすことがないように、征服された都市同士の間で、互いに反目し合い、互いに競わせることが大切だったのです。このような仕組みを使うことで、ローマ帝国は、少ない兵士で、圧倒的な数になる被征服国の市民を従えることができたのです。このやり方を、「分割統治(ぶんかつとうち)」と呼びました。

5世紀末に西ローマ帝国が滅亡して、ヨーロッパ世界は次の「中世の時代」に向かい始めました。この時、古代ローマ帝国のやり方を真似て、次の時代のヨーロッパ世界を実質的に統治したカトリック教会は、その分割統治法を使って、ヨーロッパ社会全体の地域を「キリスト教の教え」によって支配するための教会を数多く建築し、ローマ帝国の中心地であったローマのラテン地区で話されていたラテン語を教会の共通語とし、ラテン語の読み書きできる神父を、各教会に送り込み、一般の人々に「キリスト教の教え」を伝えさせました。このようにすることで、カトリック教会は、1,000年以上に渡って、ヨーロッパの社会を実質的に支配しました。

このカトリック教会によって洗練された古代ローマ帝国の分割統治のやり方が、近代のヨーロッパ社会に伝わると、最初に各国の近代的な軍隊を組織し、その軍を上手に運営するやり方として、引き継がれました。それは、フランスなどの近代の国家では、軍隊を上手に動かすことが、国内で国民を統治するうえでも、さらに、外国の軍隊との戦争に勝つためにも大切なことだったからでした。つまり、国家の運営と軍隊の運営は、直接、強い関係のある問題だったからです。強い軍隊を持った国が勢力を持ち、経済的にも発展して、豊かになれたからです。

さらに、19世紀の帝国主義国家が競い合っていたヨーロッパ世界では、各国の豊かさを支える植民地の上手な運営のために、分割統治のやり方が使われるようになりました。特に、イギリスによる巨大な植民地であったインドの統治、フランスによる植民地アルジェリアの統治、ベルギーによる植民地コンゴの統治、ドイツによる植民地ルワンダやタンザニアの統治などに、古代ローマ帝国の分割統治を真似たやり方が使われるようになりました。イギリスのインド統治では、インド国内の人々を宗教や地域によって分断し、人々が互いに反目するように仕向けることで、宗主国イギリスによるインド統治をやり易くしたと考えられています。このことが、現代世界でもヒンズー教のインドと、イスラム教のパキスタンとが互いに反目し、カシミール地方の領有権を争っている問題の根源になっていると考えられています。

20世紀に入って、コンピュータが開発されると、それまでのように人間が行っていた計算では、不可能な速さで計算することができるようになりました。このため、それまでは不可能とされていた問題をコンピュータを使って解くことができるようになりました。しかし、計算の仕方が悪ければ、人間が待てる時間内に問題は解けません。つまり、できるだけ短い時間で計算するための、「良い計算の仕方」が問題になるようになりました。この「良い計算の仕方」かどうかを調べる方法が研究され、最も良い「計算の仕方」「問題の解き方」として、古代ローマの分割統治法(ぶんかつとうちほう)が注目されるようになりました。

例えば、ゴミの山のどこかに、あなたが探しているものがあるとします。あなたが探しているものが、山のどこかにあるかないかは、直ぐに調べられるとします。ただし、山のどこにあるのかは、分かりません。この場合、どうやって探すのが最も「す速く」、探し物を見つけられる方法でしょうか。答えは、最初に山を2つの大きな山に分けます。そして、そのうちの片方の大きな山に、探しているものが隠れていないかを調べます。もし、その山に探しているものがなければ、もう一つの山にあることになります。探し物が入っている方の山が分かったわけです。

そこで、その探し物が入っているはずの方の大きなゴミの山を、さらに半分に分けて、その片方の山を調べます。このように、大きなゴミの山でも、それを半分、さらに半分(4分の1)、さらにその半分(8分の1)と言うように分けながら進めてゆくと、10回目には、最初の山の1024分の1の大きさ、14回目には、最初の山の約16,000分の1の大きさの山になり、探しているものを簡単に見分けられるようになります。1回の分割で半分になるので、15回の分割で約32,000分の1、16回目には約64,000分の1になります。

例えば、その大きなゴミの山の中に、64,000個のゴミが集められているとすると、16回探すだけで、17回目には必ず、ゴミの最後の一つを探し当てることができるわけです。もし単純に、ゴミの山の中のゴミを1つ1つ調べてゆくと、絶対に見つけ出せるまでに調べなければならない回数は、最悪の場合、64,000回になります。丁度、半分まで探した時に見つかるとした場合でも、32,000回です。10人で探しても、一人3,200回です。100人で作業しても、一人320回かかります。1回の作業を終わらせるのに1分かかるとすると、100人でも、一人当たり、5時間20分かかります。10人で作業した場合には、1日8時間の作業を続けた場合、一人当たり、6日と約3分の2日かかります。分割倒置法を使えば、一人で16分間だけです。それほど仕事が速くなるのです。

この分割統治法は、2019年の末から、中国の武漢から世界へと広まった新型コロナウイルスの大流行で、2020年5月末に一度は流行が収まったように見えた中国の武漢市で、再び流行の兆しが見え始めた時、武漢市の政府は、全ての地域住民を対象とした新型コロナウイルスのPCR検査を行いました。この時行われた検査では、住民から採集された検体を一度、一定数、集めて1回のPCR検査にかけ、コロナウイルスが検出できなければ、その検体で集めた地域の人々には、感染者がいないことが分かります。集められた検体でウイルスが検出されれば、その検体を作った複数の人々の検体を、一つ一つ別々に調べて、誰が感染していたのかを調べたそうです。これによって、人口が多い都市でも、短期間に、手間をかけずに全ての感染者を見つけることができたそうです。

最近では、自動車や航空機のような複雑で、多数の部品を組み合わせて作られる物を設計して、製造する場合にも、分割統治法が使われています。この場合、製品をどのような部品から作るかを決めて、さらにそれぞれの部品をより細かな製品の組合せで作るかを決めます。この部品から子部品への分解を何段階か繰返し、最後には、とても簡単なネジのような部品にまで分解します。このような設計法を使うことで、自動車のように複雑な機械でも、数年で設計を終わらせ、製品の試作試験を行い、問題がないことを確認して、生産を始められるようになりました。

さらに、科学技術が発達した現代では、数学や物理学、そしてモノづくりに関係した様々な技術を支える工学分野だけでなく、人間の健康に関する問題を扱う医学や、社会の様々な制度に関する仕組みや規則を扱う法学、そして人間社会で営まれる経済活動を扱う経済学などでも、その対象分野を細かく分け、その細分化された分野だけを対象に研究する専門分野と、その分野の研究者を育成するようになっています。このような細分化された専門分野に分けて研究や教育を行うことで、高度な人材を、短期間の専門教育で育成し、高度な研究を、早く行えるようにしています。これも分割統治の応用と言えます。このように大きな問題を少し小さな問題に分け、さらにその問題を小さな問題に分けてゆくやり方は、難しい問題を、人間が解ける問題のかたまりにする方法として、広く使われるようになっています。

(つづく)