少し難しい話になります。国際標準とは、国際的に知られている専門家達で組織されている団体(例えば、国際標準機構(ISO)があります)などで定められているモノの大きさや重さ、その働きなどについての決まりを言います。その決まりは、団体に所属している国々の企業などが製品を作る場合に、守らなければならないとされる決まり事です。現代の世界では、単にモノだけでなく、高度に知的な作業のやり方などに関する決まりについても、国際的な決まりを定めるようになっています。それによって、世界のどこでも似たようなモノを作り、世界のどこでも似たような仕事を提供することができます。そのことは、人々の生活において、世界のどこにいても似たようなものを入手し、世界のどこにいても似たような仕事をしてもらうことができます。
例を考えてみましょう。現代の世界では、世界のどこで生まれようとも、人々が仕事をするために知っていなければならないこと、できなければならないことに大きな違いはありません。それは、銀行で行われること、デパートで行われること、病院で医師が行うことに大きな違いがないからです。教育も同じで、教育対象である生徒や学生の年齢に応じて、どのようなことを学ばせなければならないかが決まっています。しかし、生まれた国が違うと、その国の豊かさは大きく違うのが現状です。豊かな国に生まれた人達は一般的に高い水準の教育環境で、高い水準の(良い)教育を受けることができます。しかし、貧しい国の場合は、それは簡単ではありません。そのような人々が、同じ国の同じ企業で働くことになると、人々が知っていることが違うため、全員が同じことはできなくなります。それでは企業として社会に対して負っている責任は果たせないのです。
第2次世界大戦の後の世界では、世界の国々はそのような問題の発生を未然に防ぐため、国際的な取り決めを検討して決め、全ての国の代表の間で合意します。合意が成立して国際的な取り決めが承認されると、その合意は国際標準規格として成立したことになります。そのことに対して、普通の国では国内で作られる製品や、国内で提供される仕事(サービスとも呼ばれます)に関する国内の標準規格を決めます。日本について言えば、JIS規格と呼ばれている日本工業規格に代表される標準規格が作られ、効力を発揮します。その国内規格に適合したモノやサービスは、「適合製品」や「適合サービス」として、そのことを表示して宣伝・販売することが許されます。
製品やサービスを購入する消費者などは、購入する製品やサービスが標準規格に合っているかどうかで、その製品やサービスの質が一定水準以上であることを確認できます。そのような意味で、標準規格に適合しているかどうかは、製品やサービスの売れ行きに直接的に影響するものになります。製品であれば、その製品が標準規格に適合しているかどうかは、その製品を他の製品に接続して利用することができるかどうかを意味することになります。規格に適合していない製品の場合、それ自体では問題なく利用できる製品でも、他の製品と接続することはできない場合があるため、購入者はその危険性を理解して購入することになります。テレビであれば、メーカが異なる場合、他社製のDVDレコーダを接続できないかも知れません。その意味で、標準規格は一般消費者にとっての便利さを高める社会的な制度と言えます。
そのような国内標準規格は、製品の生産国やサービスを提供する(仕事を請け負って実施する)組織が問題となる標準規格に適合していることを認定してもらうために申請を行う国が異なると、製品を購入したり、サービスの提供を受けたりする国の人々の期待するモノや仕事の質とは異なっているモノや仕事が提供されるかもしれません。そのため、国をまたがったモノやサービスの売買(貿易)を促進するためには、世界のどこの国の企業や組織が提供するモノやサービスかに関係なく、安心して購入できるようにするための世界的に統一された制度を整備・導入することが重要になります。そのような目的を達成するため、1980年代に提案され、その導入が議論された国際間の制度が「相互認証」です。つまり、モノやサービスを提供する企業や組織がどの国の企業や組織であっても、自国の企業や組織と同じような約束事を守っていることを保証し、モノやサービスの輸出入を活発に実施できるようにするための制度です。
特に、従来の世界では、サービスは国別の制度が定められており、国が異なればサービスの内容や質も違うのが普通でした。さらに、一部のサービスは、国の許可(認可)がないと提供できない例もあるので、外国の企業や組織はその国の市場に参入できないことが多くありました。例えば、銀行などの金融業、病院などの医療提供、学校などの教育事業などは、それぞれの国で厳しく審査が行われ、外国企業の参入が制限されていました。しかし、インターネットの発展と普及によって、金融業や教育事業は、外国の組織でも一部のサービスを提供することができるようになっています。先進国の企業や組織の中には、そのようなインターネットを利用した新規事業の提供に積極的に取り組んでいる例も数多くあります。
医療、金融、教育などは全て、高度に知的なサービスです。これらに共通していることは、サービスを提供する人材の知識や技能が、提供するサービスの質に大きく影響することです。高度な知識をもった医師、経験豊富な医師などがいなければ、提供される医療サービスに満足する人はいません。逆に、サービスを提供する人材が優秀であれば、自国の人間でなくてもサービスの利用者は、高い満足度を得ることができます。日本の社会でも、予備校や塾の講師で、教え方の上手な人材がいる組織(予備校や塾)には、数多くの生徒が集まります。同じ教科の同じ内容を勉強しても、生徒の理解が進み、記憶に残る授業を行えることが重要であり、対面で授業を受けられるかどうかは重要な問題ではありません。
そのような知的なサービスを提供する業務について、どうすれば質の良い業務になるのかを知っていて、それをしっかりと実践できる組織や人材が、質の高いサービスの提供には必要不可欠です。そのような質の高い業務を提供するための条件を明確にして、その条件が確実に満足されることを確認していることを、その組織や提供者自身が述べるのではなく、第三者がそれを確認し、確かにそれが守られていることを明言することが必要です。そして、その第三者による確認作業は、どの国の組織が実施しても、一定の基準を満足している確認作業が行われることを保証しなければなりません。そのような作業のことを認証と言います。そして、その認証作業を実施する組織を認証機関と呼びます。
新しい枠組みにおいては、各国においてそのような認証機関を適切に認定して、認証機関が実施した認証作業の結果に基づき、対象となっている企業や組織が質の高いサービスを提供できる企業や組織であることを認定して、必要であればそれを公表する機関を決めて認証作業が適切に実施され、認証を受けた組織や企業が、本当に質の高いサービスを提供できることを確認できるように、その枠組みを維持する必要があります。最近の国際規格では、そのような認証機関による認証がどのように行われるべきかを定める規格が多くなっています。例えば、品質マネジメント規格、環境マネジメント規格、情報セキュリティのマネジメント規格などが有名です。
大学が提供する専門家育成サービスの質を保証するためのワシントン条約でも、大学教育についての詳細が定められています。残念ながら、日本の大学における専門家教育は、そのワシントン条約に定められた条件を完全に満たすもものではありません。それでも世界的には、日本の大学は大学としての条件を満たした教育組織として認知されています。それは、世界的にはワシントン条約が教育機関としての大学が成立するための絶対的な条件として認知されているものではないからでしょう。日本以外の国の大学教育にも、ワシントン条約を完全には満たしていない部分がある例は少なくないのです。
だからと言って、日本の大学教育がいつまでも従来のままで良いと言うことではありません。経済がグローバル化し、急速に国境の意味が変化している今日の世界では、様々な分野でグローバル化が進んでいます。大学における専門家人材教育も例外ではありません。ですから、日本の大学も少しずつワシントン条約に従った教育サービスを提供するようにしなければなりません。そうしなければ、外国から日本の大学に入学する人はいなくなり、日本の大学は衰退するでしょう。現在の時点でも、日本の大学には外国出身の学生が極点に少ないことが指摘されています。外国出身の学生が少なければ、大学で学ぶ学生の視野も狭くなります。企業に就職し、他国で教育を受けた人々と一緒に働かなければならなくなって初めて、その人々の考え方に直面してからでは遅すぎるのです。そのため、企業も日本の大学を卒業した人々を採用しにくくなるのです。そうなれば、日本人の高校生も日本の大学ではなく、外国の大学へ進学するようになるでしょう。
そのような社会の変化に対応するため、世界的な新しい制度を受け入れ、日本社会もその制度を少しずつ適合させるように変革してゆく必要があります。それを怠れば、日本社会そのものの存続が難しくなるでしょう。日本だけでなく、世界中の先進国はそのような新しい問題に直面しています。豊かな社会と言えども、その豊かさを永遠に維持することはできません。豊かさを維持するためには、新しい時代の、新しい世界に適合する様々な世界の制度を受け入れ、そのような新しい制度を活かした新しい社会を形成してゆかなければなりません。そのような意味で、国際標準規格と相互認証の制度は、これからの時代の世界で、最も重要な社会の枠組みになるでしょう。