人間、道具、社会

公開: 2019年7月13日

更新: 2024年10月26日

あらまし

イギリスで産業革命が始まると、社会に大きな変化が起こりました。農業を中心とした社会では、国王、貴族、教会などの土地を所有していた階層の人々と、地主から土地を借りて農作物を栽培する数多くの農民によって、社会が成り立っていました。産業革命が始まると、工場を建て、製品を作るための機械を入れ、製品を作る労働者を雇い、製品を作るための材料を仕入れ、製品を生産して売る、資本家が重要になります。そして、資本家が製品の売り上げの大部分を、収入として受け取れるため、大きな収入を得るようになります。それは、工場を建てる敷地を提供している地主よりも、多い割合の収入になります。このことは、社会を動かす人々が、領主から資本家へと変わったことを意味しました。

9. 知と社会の発展 〜 (6)資本家の誕生: 産業革命 〜

18世紀にイギリスやスコットランドの社会で始まった産業革命は、技術をうまく利用して、物の生産を効率的に行い、物を安い価格で、大量に生産して売り、物を売り出した企業が大きな儲けを得る、新しい社会を作り出しました。その過程で、当時、ヨーロッパの社会で多くの人々が信じていたキリスト教の教えを基に、資本主義の社会に生きる人々の決まりごとが新たに作られ、産業革命後の社会では、人々の生活は、それ以前と比べ、はるかに豊かになりました。

産業革命の前のヨーロッパの社会や、150年前の日本の社会などは、農業を基本とした経済によって営まれていた社会でした。ヨーロッパでは、農耕のための土地は、教会や修道院、領主である貴族の所有物であり、畑を耕す農民たちは、領主である地主に税金を払わなければなりませんでした。税金は、地主が決めていたので、ほとんどの農民の生活は、古代ローマ帝国が滅びてから1000年近くの年月の間、全く、豊かになりませんでした。農業の方法が少し進歩した分、経済は少し豊かになっていたはずですが、農業は天候の影響を受けるため、寒冷化が進んだこの時代には、農業生産が落ち込んだこともあり、人々の生活は良くなりませんでした。

産業革命が起こると、工場で、仕入れた材料から物(製品)を作り、作った物を売って、仕入れた材料や、工場で働く人々に払った賃金を引いた残りが、工場主の儲けになるような社会に変わりました。そのような理由で、工場主は、大きな儲けを手に入れることができるようになりました。工場を建てた土地の地主である領主に地代を払っても、儲けは十分で、工場主たちは、領主である貴族よりも豊かな暮らしができるようになりました。この新しい社会に生まれた工場主たちの集団を、特別に「資本家」と呼ぶようになりました。資本家は、工場を建てる土地を借り、働く人々を集め、雇い、機械と材料を買って、雇った人々を働かせて、製品を作って、売り出します。そのために、工場を動かし始めるのに、まとまったお金が必要でした。そのお金を「資本(しほん)」と呼んでいたからです。

資本家は、工場で働く人々を、安い賃金(給料)で、長時間、働かせれば、大きな儲(もう)けが得られるため、1日に16時間程度、安い賃金で働かせる例が多かったようです。それでもイギリスやスコットランドの一部の工場主は、そのようなやり方に疑問をもち、工場で人々が働く時間を12時間、10時間と短くし、さらに自分達が得た儲けの一部を働く人々にも分け与えるようなやり方をとるようなことも試しました。その結果、それらの良い資本家達の工場で働く人々は、他の工場で働く人々よりも一生懸命に働くようになり、工場主の手元に残る儲けも増えた例がありました。このことから、各国の政府も、雇われた人々を工場で働かせる場合、働く時間の長さを、一定以下に制限する法律を作るようになりました。つまり、産業革命で社会が変わったことに合わせて、人間社会の決まりごとを少し変えたのです。

また、イギリスでは、産業革命で織物産業が進歩し、綿織物は、それまでのように手で動かす機織機(はたおりき)から、蒸気機関の動力を利用した自動織機(じどうしょっき)に代わりました。この過程で、それまである程度の収入を得られていた機織り職人(はたおりしょくにん)の仕事が減って、多くの職人が失業すると言う事態が起こりました。このことに怒った機織り職人達は、紡績工場へ押しかけ、自動織機を壊して回ると言う暴力的な行動を取りました。この暴力的な運動を、「機械打ちこわし運動」または「ラダイト運動」と呼びます。もちろん、政府は資本家の財産である機械を守るために、この暴力的な運動を取り締まりました。しかし、機織り職人の怒りに関係なく、時代は自動織機の時代へと移行してゆき、職人は姿を消してゆきました。人間社会の法律は、古い社会の決まりごとを守ろうとする力と、新しい社会の新しい決まりごとを作ろうとする力の両方がぶつかり合って、少しずつ変わってゆくようです。

産業革命が生み出した資本家たちは、最も少ない資本を使って事業を運営し、最も大きな儲(もう)けを得ようとします。そのため、できるだけ安い賃金(給料)で人々を雇い、できるだけ長い時間働かせます。このことが、働く人々の健康を害する原因になります。同じように、製品を作るために買った機械や、工場の「たてもの」もできるだけ長く、そのまま使おうとします。機械は長く使っていると壊れます。建物も古くなると少しのことで、壊れたりします。ですから、一定期間以上使い続けると、それまで通りのように製品の生産を続けることが難しくなります。そのため、働く人の時間が同じでも、生産できる製品の量が減ったり、出来上がる製品の質が落ちたりします。このことは、資本家が製品を売って得られる儲(もう)けが減ることを意味します。そのため、資本家は、もう一度資本を投入して、工場の「たてもの」を建て替えたり、機械を新しい機械に取り換えたりします。

(つづく)