公開: 2019年7月11日
更新: 2024年10月10日
動物の中には、特にチンパンジーやゴリラなどの高度な知能を持つ動物の場合など、道具を使う例があることが知られています。しかし、私たちのようなホモ・サピエンスや、私たちに近いネアンデルタール人などが使った道具は、その利用目的に適合する材料を選び、その目的を達成できるように材料を加工して作成する点では、チンパンジーなどによる、偶然、身の近くにあった物を、特別な目的に利用する形態とは、基本的に違いがあります。
人間以外の動物も道具を使う例は、数多く知られています。我々とは少し違ったネアンデルタール人たちも道具を使っていたことが分かっています。そして、最近の研究では、ネアンデルタール人も言葉を使った意思の疎通を行っていたことも分かってきています。我々やネアンデルタール人に近い、チンパンジーやボノボ、ゴリラやオランウータンも、高いところに実っている木の実をとるため、木の枝を探して、それを棒として使い、木の実を取ったりします。現代の都会に住むカラスは、硬い木の実を車の前に落とし、車がその木の実を踏むことで、木の実の殻を割るようなこともします。カラスにとって自動車は硬い木の実の殻をむくための道具なのです。
ただ、ネアンデルタール人や我々以外の動物は、ある目的のために火の熱を積極的に利用することはありません。また、様々な言葉を生み出して、それを利用してお互い同士の意思疎通を上手にやろうと考えることはありません。愛情や怒りの感情を、直接的に表現するために、鳴き声を出して、相手に伝えることはします。しかし、狩りをうまくやるために、自分以外の人をどう動かせば良いかを考え、自分の考えを他の人に伝えようとはしません。さらに、人間やネアンデルタール人以外の動物は、死後の世界を考えることもないようです。普通の動物にとっては、「今を生きる」ことが全てなのです。
人間は、最終的な目的を考え、その目的をうまく達成するために、必要な道具を作り出すことができます。弓や矢は、動きの速い動物を、遠くから狙って、矢を命中させ、傷を負わせて、その動きを止めたり、動きを鈍くするために作られた道具の一つです。この弓矢を作り出す前、人間やネアンデルタール人は、石の刃先を先端に付けた槍(やり)を使っていました。その槍は手を使って投げるので、あまり遠くに投げることはできませんでした。我々人間の祖先は、その槍をより遠くまで投げるために1メートルほどの長さの棒の先に槍の枝部分をひっかけて、棒を腕で振り回すことで、肩から槍の枝までの距離を離すことで、より大きな遠心力を与えて投げる道具を作り出しました。
我々人間の祖先達は、巧みに言葉を使い、自分達が知りえたことを、他の集団の人々にも上手に早く伝えることができたため、この槍投げの補助具は、広い範囲で多くの集団の人々が使うようになりました。これによって、動物を獲物として捕らえられる力が増したため、人間の一つ一つの集団の大きさは、それまでの時代よりも少し大きくなったことが遺跡の調査から分かっています。
さらに、人間は、木の棒の先に石をくくり付けた斧を振り回して、遠心力で斧を遠くまで飛ばし、獲物を捕らえる方法を生み出しました。そして、石を動物の皮で作った「ひも」に結び付け、そのひもを手で回すことで遠心力を使い、石を遠くまで投げ飛ばして、獲物に命中させる方法も編み出しました。人間が遠くに居ることに気づいても、動物たちは逃げないので、効果的に獲物を獲れるようになったわけです。獲物の群れが大きければ、投げた石が獲物に当たる確率は高くなり、狩りを上手に行えるようになります。このようにして、人間は、同じ目的で何かをしようとする時、より上手に、簡単にその目的を達するために有効な道具を考えるようになったと言えます。
人間は、狩りの獲物を持ち帰り、それを同じ集団の仲間と分け合って食べていました。しかし、生の肉はすぐに腐るので、いつも新しい肉を得るために、狩りを続けなければなりませんでした。そのために、狩りのやり方や道具も少しずつ進歩しました。しかし、それ以上に大切なことは、狩りを終えて死んでから時間がたった動物の肉を、問題なく、そして美味しく食べる方法として、人間は肉を火であぶる方法を考え出しました。この方法を頻繁に行えるようにするためには、火を自分達の好きな時に作り出せなければなりません。つまり、火を起こす手段を見つけなければなりませんでした。
火を好きな時に起こすことができれば、自然に発生した山火事の火を消さないように、いろりに種火(たねび)を残す必要はありません。火を絶やさず、火から火事が起きないように、いつも火を見張っている人がいらなくなります。その人を、狩りなど、他の仕事に就かせることもできるようになります。その意味で、好きな時に火を起こせる方法を見つけ出すことは、人間社会の進歩にとっては重要なことだったわけです。自分の家から離れ、遠くの場所に狩りに出ても、必要な時に火をおこし、暖を取り、深夜の動物の襲撃から身を守り、集落から出るときに持ってきた肉を料理して食べることもできるようになりました。
火をいつでも好きな時に、自由に利用できるようになった人間の祖先は、狩りで得た獲物を無駄なく食べることができるようになりました。それだけでなく、森や海で集めてきた木の実や草の葉、海辺の海藻などを火で温めた湯に入れて料理することもできるようになりました。このようにして、人間たちの周囲にあった食べられるものを無駄なく食べることができるようになり、それまでよりも多くの人々を集団に入れ、協力して食べ物を集め、楽に暮らしてゆくことができるようになりました。
動物の狩りの方法も、それに合わせて少しずつ進歩しました。集団で行動する人間の数が増えたことで、多人数での狩りができるようになりました。つまり、動物を脅して、ある方向に逃げるように仕向ける人々と、逃げて来た動物たちを崖の上で待ち、崖の前で逃げ場を失っている動物たちに向けて、崖の上から石や岩を投げつけ、弓矢を射たりして殺し、捕まえる方法を考えつきました。一人一人の人間の力は、動物に比べると弱いものですが、大勢の人が集まれば、一匹一匹の判断で動く動物たちを殺すことは難しくありません。
しかし、そのような賢い狩りの方法を、数多くの人間を動かして、組織的に行うためには、狩りに参加する人々がそれぞれ、自分がどのような役割を持っているかを理解し、行動することが重要になります。このことについて、実際に狩りを行う前に、皆で相談し、集団としての理解を作り上げておかなければなりません。そのような集団内で共通の認識(考え)をもつためには、いつも他人との意思疎通をできるようにしておかなければなりません。それは、目前の危険や、現在の自分の意志を表現するだけの、いわば動物的な鳴き声を使ったコミュニケーションでは不十分なのです。