公開: 2019年7月13日
更新: 2024年10月24日
人間が作る新し制度には、しばしば予想しなかったような問題が隠れていることがあります。私たちは、そのような「抽象的な道具」に潜んだ欠陥を見出すと、その経験から学んで、似たような問題を起こさないような工夫を、似たような道具に組み込みます。人類社会の制度は、そのようにして長い時間をかけて、少しずつ進歩してきました。それでも、まだ、別の欠陥が隠れています。まだ、見つかっていない問題です。
ある国の国債を買うのは、その国の国民や企業、そして海外の投資家です。その国の政府と同じように、国民・企業や海外の投資家が考えるとは限りません。今から10数年前に、EU(ヨーロッパ共同体)のメンバー国であるギリシャでは、国がその国で1年間に使われている全体のお金の量(GDP)の、3倍以上のお金に相当する国債を発行し続けたため、ギリシャでも利用されていたEUの通貨、「ユーロの信用を下げる」心配が出てきました。ギリシャ政府が発行した国債でしたが、それは、EU通貨のユーロで発行されていました。他のEU諸国はお互いに相談をして、ギリシャの政府に対して政府が運営に使っている予算の総額を減らすように要求しました。そうすれば、「EU各国が購入したギリシャの国債で貸した、ギリシャの負債の返済を全額、免除する」と提案をしました。この提案に対して、ギリシャの政府は、「提案は受け入れられない」と言ったため、ユーロと円、ユーロと米国のドルなどとの通貨交換のための率(為替レートと呼ばれます)が変わり、ユーロが大幅に暴落し、安くなりました。
これでは、世界中に工業製品を売っていたドイツは、ユーロで売っている製品の価格が下がるので、輸入製品の購入も考えると大損です。農業製品の輸出国であるフランスやスペインなども、輸出価格が下がるので大損です。ユーロで国債を発行し、他国から借金をしたギリシャだけが得をすることになるで、EU各国は、ギリシャ政府に対して、決まっている利子をしっかりと、期日までに返済するように要求するしかありません。結局、ギリシャは、EU諸国の要求に従い、財政を立て直す案を受け入れました。しかし、当時の政府は崩壊しました。
このような問題の発生を未然に防ぐため、もともとEU諸国内では、各国の政府が発行できる国債の総額は、その国で「1年間に使われるお金(GDP)の総額の約1.5倍程度にまでにする」と言う決めごとがありました。ギリシャの政府は、この決めごとに従わず、通貨としてユーロを使いながら、多額の借金をしていました。最初は、借金の額はそれほどではなくても、利子が年と共に膨れ上がるので、10年も経つと、支払わなければならない利子だけでも、借りたお金の額よりも多くなります。EU以前の世界であれば、ギリシャは、ギリシャの銀行が発行するお金を「通貨」としていたため、ギリシャの通貨としてのお金の価値が下がって、簡単には国債を発行できなくなりました。しかし、ユーロになってからは、ギリシャ政府が発行する国債は、ユーロで発行されるため、ギリシャの銀行の信用ではなく、ドイツやフランスの銀行などの信用が裏付けになり、ギリシャには直接、影響しなくなりました。しかし、ユーロの価値の下落は、経済大国であるドイツやフランスなどの経済に悪い影響を与えます。それだけでなく、EU加盟国であっても、ユーロを使っていないイギリスのポンドの価値にも影響を与え、ポンドの価値も下がりました。そのような状況になると、EU各国の政府は、ギリシャ政府に対して、それまでにギリシャ政府が発行した国債に見合うお金、すなわち借りたお金と約束した利子、をしっかりと返えす計画を立てて、それを実行するように迫ります。この要求を突き付けられたギリシャ政府は、政府が雇っていた国家公務員などの給与を減らし、国民に支払っていた年金を減らすことにしました。そのため、ギリシャ国民の生活水準は下がり、生活は苦しくなりました。
国の信用と言っても、絶対ではありません。ある一線を越えてしまうと、国と言えども、経済は破綻します。似たようなことは、20世紀末のアジアで起こりました。韓国などの東南アジアの国々が、経済成長を加速するために、多額の国債を発行し、大量のお金を銀行に発行させたため、結果として各国の通貨であるお金の価値が暴落しました。「アジア通貨危機」と呼ばれた事件です。国際通貨基金(IMFと呼ばれている国際組織)は、これらの国々の財政の立て直しを支援するため、豊かな国々から集めたお金を出して、これらの国々に貸し出しました。そして、これらの国々の財政再建のための「きびしい」計画づくりを助けました。
この財政再建計画は、IMF(国際通貨基金)から支援を受けた国々に、大きな犠牲を強いたため、韓国などではその強引さに、現在でも恨みを抱いている国民が多くいます。韓国では、この財政再建の道筋の中で、政府が民間企業を育てるために、国の政策で強大な企業づくりに着手し、電子製品で有名になったサムソン電子やLG、重工業を中心に発展している現代グループなどの「韓国財閥」が急成長しました。そして、韓国政府と韓国財閥との関係が深まり、経済発展は成し遂げられましたが、国民の間での貧富の差が拡大したと言われています。