人間、道具、社会

公開: 2019年7月13日

更新: 2024年10月24日

あらまし

人間が作る社会では、特に人間が作り出した抽象的な道具の場合、全ての道具が、どのような状況でも、その目的を、期待通り、正常に達成することができるかどうかは分かりません。目的が期待通りに達成できなければ、その抽象的な道具は、「失敗作」となります。目に見える道具の場合、そのようなことが起こることもありますが、その可能性は低くなります。失敗作の道具が作られても、その失敗の原因を突き止め、同じ問題が起きないような工夫を加え、新しい道具を作ることは可能です。人類は、これまでそのような工夫を加えながら、発展してきました。

8. 機械と人間の関係 〜 (6)問題のある考えを改めること 〜

「お金」や「利子」なども、人間の祖先達が考え出した、「抽象的な道具」の一つだと言えます。そして、現代の社会では、人々は皆、人間にとって「お金」は永遠に変わらない、「絶対に大切なもの」、存在だと、勝手に信じています。また、お金を他人から借りたら、「利子」は絶対に払わなければならないものであると、多くの人が勝手に考えています。しかし、世界の歴史を見ると、それは正しい理解ではありません。2000年代に入って、アメリカの金融機関がその原因を作った「リーマンショック」事件は、お金を借りた人々がお金を返すことや、利子を払うことができなくなったため、大きな金融機関が破たんし、国が、「第三者が受けた」その損失を埋め合わせるために、税金から膨大なお金を投入しました。似たような例は、1990年代以降、世界中でいくつかの例を見ることができます。

「お金」と言えども「絶対のもの」ではないのです。それは、お金の物としての価値(値段)は、お金に表示されている価値よりもずっと低いからです。1枚の金貨を作るのには、とても高い材料費がかかります。それでも、10万円の表示がされている金貨と言っても、作るのに8万円もかかっている金貨はありません。では、なぜ人々はそれを10万円の価値と同じと認めているのでしょう。これは、「今はお金を持っていない人にお金を貸す」のと同じ考えです。10万円の金貨を持っている人は、10万円の財産を持っていて、その財産をお金に換算した結果の証明として、10万円の金貨を、その金貨を発効した国や銀行の信用が与えられているからです。つまり、金貨の価値は、金貨を作るための金が保証しているのではなく、発行した国や、銀行が保証しているのです。その意味では、価値は、絶対のものではありません。その10万円の財産の存在は、発行した銀行が保証しているだけです。ですから、その銀行を信用するのであれば、その「金貨の価値は10万円である」としても問題はありません。

これは、私たちが、ある人にお金を貸すとき、「貸したお金と利子を、合わせて返してもらえる」と考えるから、お金を貸します。それは、お金を貸す相手が正直な人であると信じているからです。この「相手を信じる」という人間の行為は、人間が大きな集団をつくり、その集団をうまくまとめてゆくためには、とても大切なことです。そのことを「信用」と呼びます。資本主義の社会では、たとえ家族の一員でなくても、相手を信用してものを売ったり、買ったりします。買った物が質の悪いものであったり、買った人が支払いに使ったお金が、「偽物のお金」であることはないと、信用するから売り買いが成立します。インターネット通販では、売る側も買う側も、相手を実際に見ていないので、売り手が本当に商品を送れるかどうかはわかりません。買った人が不正なやり方で手に入れたクレッジットカードの情報を使い、誰かに成りすましてお金を払っているかもしれません。

お互いに相手を信用して、売り買いの契約を成立させるのが、資本主義社会の決まりごとです。これは、「その社会で生きている仲間の人々は、信用できるはず」と考えられるからできることです。これと同じように、「ある国のお金を発行できる銀行が示しているお金の価値は、皆が信用している」と考えられれば、そのお金を発行するのに必要な費用が、支払いに利用されている金額の、たとえ100分の1だとしても問題はありません。しかし、その銀行が発行しているお金に似た偽物のお金を簡単に作れる場合には、信用ができなくなるため、お金として通用することはなくなります。似たようなことは、その国の政府が銀行に命令して、普通よりも多くのお金を発行させる場合にも起こります。たくさんのお金を発行して、お金を野放図に使ってしまう、国の政府もあります。

これと似たことは、ある国の政府が、予算を作って、その予算に基づいて、政府の運営をするとき、予算に見合う税金が政府に入らなければ、政府にはお金がないため、政府を運営することができなくなります。このため、現代社会では、政府は「国債」という借金の証文を印刷して、国民や海外の投資家からお金を借ります。この借金で借りたお金で、不足する税金の穴埋めをするわけです。もちろん、借金をした国は、何年か後には、その借りたお金と利子を合わせて、返さなければなりません。しかし、国債を発行することは、銀行が普通より借金の分だけ余計にお金を発行したことと同じです。ですから、その国のお金の信用は低下します。この「信用の低下」が起こることを考えに入れても、国債を発行する意味があると考えるとき、政府は国債の発行を決断します。第2世界大戦中、日本政府は、多額の国債を発行し、国民に売りました。それを買った国民は、戦後、価値が暴落した日本の円のため、日本社会の経済復興に大変な努力を強いられました。

(つづく)