人間、道具、社会

公開: 2019年7月13日

更新: 2024年10月16日

あらまし

ホモサピエンスとネアンデルタール人の間の遺伝子の違いは、ほとんどありません。しかし、今から約4万年前の頃を境に、ホモサピエンスは、人口を増やし、ネアンデルタール人は、人口を減らして、絶滅しました。これは、ホモサピエンスとネアンデルタール人の作った道具の違いによる結果であり、その差を生み出したそれぞれの集団の大きさの違いや、使っていた言葉の微妙な違いが影響したのではないかと言われています。

8. 機械と人間の関係 〜(1)人間と道具: 目的と方法〜

チンパンジーの祖先から進化して生まれたばかりの、直立歩行する人間の祖先達や、ハイデルベルグ人、ネアンデルタール人にとっては、最初、道具は自分達の手の器用さを利用し、自分達の走る能力や腕の短さなど、動物としての欠点をかばい、肉体的・身体的能力を拡大するためだけのものでした。地面に落ちていた木の棒や、足元の石や岩のかけらなどを拾い、それで木の実をたたいて落としたり、少し遠くにいる小動物にぶつけて気絶させ、簡単にとらえたりするためだけに利用しました。

そのような道具の便利さを知った人間の祖先達は、木の実を取るため、小動物に当てるため、魚を捕まえるため、中型の動物と戦うため、というように、それぞれの目的に合わせた道具を作るようになりました。木の実を取るためには、軽くて長く、まっすぐで少し硬い木の棒を集めて使うようになりました。小動物に当てるためには、投げやすい小さめの石を使うのが投げるのに適していることを知りました。中型の動物と戦い、倒して、食物にするためには、少し大きめの岩のかけらを短めの木の棒にしばりつけた、石斧(いしおの)を作るのが良いことを知りました。さらに人間は、それぞれの目的に合った道具を作るための木や石などの材料の性質にも、違いがあることを知りました。

石斧を作るための石や小さい岩の破片は、特に硬い材料でなければならないことを知り、そのような石や岩が、どこへ行けば採取できるのかを考えるようになりました。そして、そのような場所を見つけると、その場所のことを、同じ集団の他の人々にも教えるようになりました。さらに、上手な石斧の作り方も、良い方法を見つけた人は、同じ集団の他の人々に教えるようになりました。この段階に進んだ人間の祖先やネアンデルタール人は、少しずつ言葉を作り出して、お互いに話をして、自分が知ったことを集団の他の人々に伝えるようになっていたはずです。

この段階以後の私たち人間の祖先と、ネアンデルタール人が作った道具の進歩には、少しずつ違いが出てきていました。特に、石の矛先(ほこさき)を木の棒の先にくくり付けた槍(やり)を発明し、それを遠くから投げて動物に命中させて捕らえるという、集団での狩りの方法が考え出され、少しずつ大型の動物を獲物にするようになると、より遠くから槍を投げるために、槍の先を別の棒の先にひっかけて、その棒を腕の力で回し、遠心力を使ってより遠くへ飛ばす道具が発明されました。ここまでは、人間の祖先もネアンデルタール人も、同じように道具を進化させましたが、ネアンデルタール人は、その絶滅まで、その道具を、さらに改良することはありませんでした。

このことは、槍を投げる道具に止まらず、弓と矢についても言えます。人間の祖先達は、矢の先端に付ける「矢じり」と呼ばれる石の材料や作り方をどんどん改良し、獲物に合った矢などを作り出しました。それに対して、ネアンデルタール人は、旧石器時代を通じて、ほぼ同じ道具を使い続けたようです。この人間の祖先達とネアンデルタール人の違いは、なぜ生まれたのでしょう。道具を改良して、うまく獲物を獲るようにしなければ、獲物は人間の祖先が獲り、ネアンデルタール人も獲るので、全体として獲物の数は減ってゆきます。このようにして、地球の寒冷期に起きた食糧不足は、ネアンデルタール人の絶滅につながったはずです。結果として、人類の祖先たちだけが生き残りました。

(つづく)