人間、道具、社会

公開: 2019年7月12日

更新: 2024年10月12日

あらまし

古代ギリシャの哲学者、アリストテレスも、広い意味でのソクラテスの弟子で、ソクラテスが言う「人は倫理的に生きることが大切である。」との教えについて考えました。そして、「倫理観とは、何か」を説明しなければ、人々には、それが何かを理解できないとしました。そして、アリストテレスは、ブラトンの「イデア」は、人間が思考の世界の中で考え出す「仮の対象」であり、「現実にそれが存在するものであるかどうかは分からない」と、批判しました。アリストテレスは、重要なことは、抽象的なイデアを考えるのではなく、問題が議論されている時代に、議論が行われている地域で、最も多くの人々が正しいと考える行為が、「正しい行為である」と、考えるべきであると主張し、そのような普通のものを「中庸」と呼びました。

7. 人間はどのように道具を進歩させてきたか 〜(4)理論を考えることを突きつめた哲学者〜

プラトンのすぐ後に、アテネではなく、アレキサンダー大王が生まれた土地、マケドニアに、別の偉大な哲学者が生まれました。アリストテレスと言う人です。アリストテレスは、アレキサンダー大王が若いとき、その家庭教師を勤め、大王の人格形成と、その統治者としての思想に、大きな影響を与えたと言われています。アリストテレスは、何が善いことか、悪いことかを決めるためには、普通ではないと考えられるものを取り除いて、もっとも普通に考えられる物事を考えるべきだと教えました。ソクラテスは、しばしば、極端なことを言いました。「たとえ、その国の法律が禁じている行いであっても、自分が正しいと考えるならば、それを行うことが善である。」と、ソクラテスは教えました。明らかに、普通ではないことです。アリストテレスは、「そのような普通ではない考えは、誤っていることが多い」と主張し、それは「善とは言えない」と、主張しました。

アリストテレスは、「もっとも普通の人が、普通の状況で行うことこそが善である」と言いました。これを難しい言葉で言うと、「中庸(ちゅうよう)」と言います。中庸とは、簡単に言うと、「真ん中」と言う意味です。ちょうど「真ん中の考えが最も正しい可能性が高い」と考えたわけです。そのため、アリストテレスの善は、どこに住む人々が言っているのか、いつの時代の人々が言っているのかによって、『善い』『悪い』が変わります。ソクラテスやプラトンは、『善い』ことは、いつの時代でも、どこで行われても、「絶対に善い」ことであると教えていました。その意味で、アリストテレスの哲学は、それまでの哲学者の考え方とは大きく違ったものでした。

アリストテレスは、プラトンの言う『善のイデア』は、現実には存在するものではなく、架空のものであると言いました。アリストテレスは、本当に存在しているのは、様々な人々が実際に行った「善い行い」だけであると教えました。つまり、アリストテレスの主張は、プラトンの言う「イデア」は、人間が自分達の考え方を整理するために、便利のために勝手に作り出した、言葉に過ぎないので、それが本当に存在するかどうかは分からないとしたのです。

このプラトンの「イデア」とアリストテレスの「中庸」の議論は、現代の社会に生きる私たちにも大きな影響を与えています。学問的な問題で大きな対立が起こる時、人々はしばしば、この2つの立場に立って議論をしていることに気づきます。アリストテレスの言い分も正しいのですが、プラトンの言い分も正しいからです。ただ、もっとも大きな違いは、「絶対に正しい」答えがあるとするプラトンと、「絶対に正しい答えかどうかは、人間には分からない」とするアリストテレスの考え方は、あまりにも違い過ぎて、お互いに譲り合うことはできないことです。

(つづく)