人間、道具、社会

公開: 2019年7月13日

更新: 2024年10月25日

あらまし

コンピュータは、全く同じでも、それを動かしているソフトウェアが変わると、コンピュータの持つ機能も変わってしまいます。最近では、過去の動作と、コンピュータによって制御されている機械の動きや、それが染ま機械を操っている人間に与えた影響を記憶し、コンピュータによって制御されている機械の振る舞いを変える、「学習機能」を持ったソフトウェアを搭載したコンピュータシステムを使っている機械システムも増えてきています。そのような機械システムは、一見、便利な道具になりますが、時として、それまでの動きからは想像できない動きをする場合があります。

8. 機械と人間の関係 〜 (12)学べる機械を作るソフトウェア 〜

最近の株取引では、コンピュータによる取引数が増加したため、相場の動きが速く、かつ値上がりも、値下がりも、上下の振れ幅が極端になる傾向が見られます。これは、コンピュータがある銘柄の株が少し下がると、もっと下がる可能性を予想し、大量にその株を売りに出すことを決めて、「売り注文」を出すため、株の値段が大きく下がります。その情報を得た他のコンピュータも、似たような判断をするので、株式市場につながっている多くのコンピュータがその株を売り始め、その株の値段が暴落することが原因です。今のコンピュータは、人間のように、この相場は表面的な流れによって生じているだけで、冷静に判断すれば下がり過ぎているから、近い将来の値上がりを期待して「買うべき」と言う判断はできません。

とは言え、株の相場は、経済の動向を見るときの重要な指標の一つです。各国政府の経済政策を決定づける場合もあります。つまり、人間の行動や思考が、コンピュータによって影響を受けているのです。かつて、道具は、人間の意思に従って、その意思がうまく達成できるように働くものでした。しかし、コンピュータや「決まりごと」のような道具は、そのような主人である人間の意思を超えて、「人間の行動や思考さえも変える」ものになりつつあります。例えば、現代の飛行機は、最初、人間が速く、遠くへ移動できるように作られたものでした。そして、長時間の訓練を受けたバイロットが、安全に飛行機を操縦できるようにと、様々な工夫が加えられてきました。また、数多く作るために、なるべく簡単に製造できるような工夫も加えられてきました。そのようにして、飛行機にもたくさんのコンピュータが使われるようになりました。

それは、私たちの社会の中にはスマートフォンや腕時計の中にまで、数えきれないほどの数のコンピュータが使われているのと同じです。テレビや音楽プレーヤにまで、コンピューが使われているからです。飛行機や自動車も同じです。その結果、飛行機のパイロットが握っているのは、昔の飛行機の操縦桿(そうじゅうかん)と同じ形はしていますが、全く別物です。それは、よくできたゲーム用のジョイスティクで、ゲームセンターのフライトシミュレータの操縦桿と同じです。そのジョイスティクが出す信号をコンピュータが受け取り、機体の後部にある尾翼の下に置かれた巨大なモータを動かし、尾翼の昇降陀(しょうこうだ)を上下させるようになっています。

この尾翼の昇降陀は、パイロットが操縦かんを動かしたときにも動きますが、パイロットが操縦かんを動かさなくても、飛行機の高度が下がったことをセンサが感知すると、その信号がコンピュータに伝わり、コンピュータは高度が下がった分だけ高度を戻すために、飛行機の機首を上げ、エンジンの出力を少し上げて、機体を上昇させます。その時、昇降陀は自動的に上向きに動かされます。このようにして、人間には感じることができないほどの変化にも飛行機は対応しています。それによって、飛行機に乗った乗客の乗り心地は、顕著に良くなります。飛行機の評判が良くなれば、その飛行機は、航空会社にたくさん売れます。

問題は、このような乗り心地を改善するための自動操縦機能は、同じ型の飛行機でも、最初はついていないのが普通です。ですから、初期のモデルの飛行機では、パイロットが操縦かんを動かさなければ、昇降陀は動かなかったのです。ある飛行機が、パイロットの操縦ミスで墜落すると、調査が行われ、飛行機は改良されます。例えば、墜落した飛行機では、操縦していたパイロットが、飛行機が低空で飛行していたにもかかわらず、急に操縦かんを引いたため、機首が必要以上に上向きになり、上昇する力を失って(失速と言います)、地面に墜落したのが原因と分かったとします。そうすると、飛行機の製造会社では、似たような事故の発生を防ぐため、高度が低い状況でパイロットが急に操縦かんを引く操作をした場合、その操作を誤りと見なして、その操作自身を無視して、昇降陀を動かすことはしないように、飛行機の設計を変えるようにします。

このようにして、飛行機に搭載されている機械や機器は変わらず、それを制御するコンピュータ類が同じでも、コンピュータを動かしているソフトウェアに変更が加えられると、飛行機の機能や飛び方は、大きく変わる可能性があります。それは、乗客にとっての心地の良さが改善される例もありますが、飛行の安全性に関係する機能が変わることもあるのです。パイロットは、自分の操縦する飛行機のソフトウェアが、どのような機能をもち、どのようにすれば、その機能を働かさせることができるのかを理解していなければなりません。パイロットの目から見た飛行機は変わらなくても、ソフトウェアから見ると、全く違う飛行機かも知れないからです。

(つづく)