人間、道具、社会

公開: 2019年7月11日

更新: 2024年10月11日

あらまし

18世紀のイギリスの生物学者ダーウィンは、自分の祖父が研究していた進化論を学び、ビーグル号に乗船して、世界一周の探検旅行に出ました。そして、南太平洋のガラパゴス諸島で、その島の自然環境に適合して生態を変えたトカゲなどの動物を見て、同じ動物の仲間でも、住んでいる場所によって、その姿や、食べ物、行動の仕方に変化が出ることに気づきました。ダーウィンは、動物の外見が変化するのは、その特有な環境に適合するために、遺伝的な性質が変化したためだとして、突然変異が起こり、その突然変異がその種の動物たちに有利な変化だったために、同じ変異をもつ仲間が増える、適者生存の原理があると考えました。これは、それまでの中世のような、「すべての生物は、神が創造した。」とする聖書の教えに反するものでした。

6. 人間社会はこれからどう変わるのか 〜(2) 進化論の衝撃〜

生物の進化についての理論も同じです。進化論的な考え方は、古代ギリシャの哲学者、イスラムの学者、近代ヨーロッパの哲学者を経て、ダーウィンの時代の生物学者達の一部の人々も議論していた考え方です。しかし、キリスト教が思想の基本であったヨーロッパの社会では、「神が宇宙を造り、全ての生物を造った」とする聖書の教えが絶対で、動物が、単細胞生物から進化していて、人間とチンパンジーのようなサルが同じ系統の動物であるとする考え方は、受け入れられるものではありませんでした。つまり、精神を持った人間と、そうではない動物のチンパンジーの間には、「絶対的な違いがある」とする、普遍的な真理があると信じられていました。

進化論では、「新しい生物は、遺伝の「突然変異」で偶然に生まれ、その環境に適合すれば、「適者生存」の法則で生き残り、競合する古い生物を絶滅させることもある」とします。古生物学の研究が進んで、「かつて地球上には巨大な恐竜が生息していて、地上を制覇していた」ことが分かってきました。そのような恐竜は、聖書には書かれていないので、科学的な事実と聖書の記述が合わなくなったのです。現代では、「進化論は正しくない」と主張する人々は少数です。ただ、米国のキリスト教徒の一部には、「進化論は正しくない」と主張する人々もいます。聖書の記述に反しているからです。

現代に生きている我々の遺伝子も、常に変異を作り出しているので、人間の進化はこれからも続くでしょう。逆に言えば、進化が起こっていない遺伝子は、狩猟時代の人間が自然に適合するのには、ふさわしい性質をもったものですが、すでに私たちの現代的な生活には、適していなくなっているものもあるはずです。人間社会の様々なきまりや、約束事、しきたりや習慣は、そのような過去の人間が生きた時代に合うようなものであり、当時の人間が持っていた遺伝子の影響も受けています。人間が生きる環境の変化の速さよりも、人間社会の決まりごとや「しきたり」などが変化する速さの方が、圧倒的に遅いので、人間の進化はそれよりもさらに遅れて進むでしょう。

さらに私たち人間は、速く移動するために自動車などを作ったり、目が悪くても生活に困らないように眼鏡(めがね)を作ったり、折ってしまった手や足の骨を治すための手術を考え出したりします。そのようにして人間の体の弱い部分を補強する方法を生み出しました。ですから、狩猟時代の人間のように、速く走ったり、転んでも骨折しないような強い体を作る必要はなくなりつつあります。逆に人間は長生きするようになったため、ガンにかかったり、高齢化して痴呆症(ちほうしょう)が出てきたりします。狩猟時代には考えられないほど、人間が長生きするようになったためだからでしょう。

ガンにかかるのは、長生きをすると、細胞が今までの人間よりも多くの回数、分裂を繰り返えさなければならなくなるからです。細胞分裂をする時、今活動している細胞の遺伝子を、新しい細胞にも組み込まなければならないため、新しい細胞の中に、遺伝子のコピーを作らなければなりません。このコピーを作る時に、ときどき、部分的な誤り(全く同じではないコピーができる)が発生します。若い人間の場合、そのようにして遺伝子が変異(へんい)した細胞ができても、それを体が発見して、同じ誤りを含んだ細胞がそれ以上に増えないように免疫によって、変異した細胞を消滅させることができます。肉体が高齢化すると、この同じ遺伝子の誤りを持った細胞を消滅させるための免疫力が低下し、間違った遺伝子を持つ細胞がどんどん増えてしまいます。最後には、そのような間違った遺伝子を持った細胞の塊(かたまり)が、正常な細胞の数より多くなり、大きな腫瘍(しゅよう)、つまり「おでき」を作ってしまうのです。

老人が痴ほうになるのは、脳がいつまでも若く活動できている場合、自分の身体が老化して、自分が以前のように生活できないことを理解し、自分に死が近づいていることをしっかりと考えられます。人間には、死は「恐ろしいもの」なので、多くの人間は、それをしっかりと考えることを嫌がります。例えれば、「死刑を宣告された死刑囚」が置かれるような精神の状態に追い込まれます。死刑囚も、死刑が近づくと、普通の精神状態でいられなくなる人が多いようです。現代の人間は、長生きするようになっているので、多くの高齢者は、そのような「死刑宣告を受けた罪人」のような精神状態に置かれることになります。高齢者の痴ほうは、人々が死の恐ろしさを考えることができなくするような、自分で自分の身を守る仕掛けだと考える医学関係者もいます。

(つづく)