公開: 2021年10月17日
更新: 2021年10月17日
世界経済は、急速にグローバル化してきている 。2016年の6月に英国において実施された国民投票では、このグローバル化によって発生している様々な問題、移民の流入による雇用の不安定化や高収入を得ている人々と低収入に悩んでいる人々との格差の拡大など、に対する国民の問題意識から、2016年のイギリス国民投票では、反グローバル化を目指すEU離脱派が勝利した。
このような一時的な揺り戻しはあっても、世界経済の発展を考えると、「経済のグローバル化の波」は止めることのできない世界の潮流である。世界経済がこれからも持続的に発展してゆくためには、先進諸国の国民だけが有利になるような閉鎖的な経済システムの並立とそれらを統制するシステム間競争原理のみでは効率の面で不利だからである 。経済のグローバル化は、これからも進展する。そして、その結果として企業間の競争は、国内に限定された競争から、地球規模の競争へと拡大する。
この経済のグローバル化において、我々の経済活動には大きな変化が生じている。それは、「時間」の要素が、従来の競争に比べて重要性を増していることである 。このことは、経済のグローバル化が、先進諸国の間のサービス経済競争を巻き起こしていることと関係している。サービス経済の特徴は、供給と消費が同時に起こることである。つまり、需要が発生しているときに、サービスを供給ができなければ、その事業は経済的に成立しない。これは、従来からの「財」を主体とした市場での取引の性質と、全く異なる。
人間社会では、数千年の間、市場で財と財、財と貨幣を交換するやり方で経済を運営してきた。そこで交換される財は、一定期間、財の価値(品質)を維持できることが原則である。自動車は、通常、数十年にわたり利用できる。食料品でも、短い場合でも、数日間にわたり美味しく食べることができる。すぐに食べられなくなる食料品は、たとえ収穫時の味が良くても、急速な品質劣化が起きる場合、それが原因で市場での売買は困難になるため、経済財としては流通しなかった。
人間の行為を価値の源泉とするサービスは、その地域の市場にサービスを提供できる提供者が存在しなければ、供給が不可能である。そのため、従来は他国の市場におけるサービスの売買は困難であった 。しかし、経済の発展とともに、一定範囲の限界の中で、外国市場での取引が可能なサービスが生まれた 。その典型的なサービスが、金融サービスである。医療サービスや教育サービスなど、公的色彩の強いサービスでも、インターネット技術を活用し、海外市場での提供が部分的に可能になりつつある。これらが、かつてサービスの提供が可能であった市場は、先進国に集中していた。結果として、これらのサービスは、先進諸国において高度に発達した。
これに対して、開発途上国の企業は、財を生産し、貿易によってそれを他国の市場へ供給し、その収入を得る。これにより開発途上国では、先進諸国よりも安いコストで生産し、先進諸国で生産される、似たような財よりも少し安い価格で類似製品を販売することで、結果として開発途上国へ大量の外貨流入をもたらしていた。この構図は、現在でも有効に機能している。数年前までの中国経済が潤ったのも、相対的に安い人民元で支払われる人件費を武器に、低価格で財を生産し、日本や米国、ヨーロッパ諸国へ輸出することで、外貨を稼ぐことができたからであった。
このような背景から、経済がグローバル化する過程で、先進諸国は、自分たちの強みであるサービスを高い価格で輸出し、財を安い価格で輸入すると言う経済運営にシフトした。このとき、新しい問題が発生する。サービスは、それを提供できる人材の育成が重要で、人材が確保できなければ競争には勝てない。このことは、開発途上国でも先進諸国と同様に、一定の割合で人材を輩出することが可能なので、先行企業が同じ内容のサービスを長期間にわたり提供し続けていると、結局は、「サービス分野においても先進諸国は開発途上国とのコスト競争に負ける」という問題が発生する。
このため、先進諸国でサービス提供に従事している専門家は、提供するサービスの内容を時間の経過とともに変化させ、競争相手が追いつくことを許さないようにしなければならない。従って、このサービス内容を変化させるまでの時間をいかに短くし、新しいサービスの提供を待つ顧客たちの要望に適宜、応えてゆく能力を維持することが、勝ち残りのための条件になる。従来型の財の生産では、新しい財の開発のために、調査研究を行い、試作を繰り返し、最終的に量産する財の設計を決めて、生産ラインを整備し、生産ラインで働く作業者を教育してから、財の大量生産を開始する。しかし、無形なサービスの場合、そのような準備はほとんど必要ない。従って、変化の準備に必要な時間の長さは著しく短くなる。
このサービスの特徴が、市場におけるサービス開発の競争における時間の重要性を際立たせる。供給者側は、可能な限り早く、新サービスの市場への投入を行うことが、開発資金の回収を早め、さらに高い収益を得るために重要になる。また、そのようにして市場に投入した新サービスについても、それをいつまで継続し、つぎにどのような新サービスを開発するのかを計画し、管理することが成功の鍵となる。新サービスも、一定の時間が経過すれば、類似サービスを競合他社が供給できるようになるからである。時間は、サービス提供競争において最も重要な要素になる。
もう一つ、時間に関して重要なことは、市場の時間的変化も無視できなくなっている。財の市場への投入には、前述したようにいくつかの段階を経なければならないこと、研究開発にも生産設備の準備にも多大な資金の投入が必要になる。このことは、同一市場への他企業の新規参入の障壁が高いことを意味する。新規参入しても、市場で勝てると言う保証はないので、リスクが潜在する。従って、財の経済において類似製品を生産し、それを市場へ投入することには、労働コストに著しい差がある場合を除き、大きなリスクを伴うことになる。
一般の経済財のような高い参入障壁のないサービスにおいては、サービス提供ができる人材を集めることができれば、類似サービスの提供準備に必要な時間は、財に比較して著しく短縮できる。このことは、市場にも影響し、市場におけるニーズの変化も財の場合と違って、時間とともに急速に変化する傾向を生み出す。つまり、少し前まで市場で高い評価を受けていたサービスが、別のサービスの出現や、社会情勢の変化によって、全く市場に受け入れられなくなるような状況も発生しうる。ポピュラー音楽の分野で、ヒット曲が目まぐるしく変わるのもこれが原因と言える。サービスに対する需要は、財に対する需要よりも簡単に変化する傾向がある。
経済のグローバル化と、先進諸国における経済のサービス化により、特に先進諸国の市場において、「時間」は従来の財を中心とした市場と比較して、その重要性が著しく高まっている。このことは、サービス経済における「需要と供給の時間的一致の原則」によって、それを供給する企業の時間に対する対応を厳しくする。このことは、「企業によるサービス業務の提供を基礎で支えるソフトウェア」の開発における最近のアジャイル開発方式の要請の根底にもあると言える。しかし、このことは本来、ソフトウェア開発に限定されるものではなく、財の開発・生産を含めた、幅広い分野においても普遍的な問題であると言える。